正直落ち込む
最近のブログvsマスコミ論争を見ていて、正直落ち込むことが多くなりました。

ひとつには自分の力量のなさ。昨日のLinuxの話も数日前に湯川さん自身がエントリされていた内容と前段は一緒で、読みこなす努力を怠っていることと、自分の経験の浅さに落ち込みます。

ひとつにはブロガーさんたちの率直な意見。ある意味いままで10年弱の業界内での生活を全否定され、「死ね」といわれているようなものです。面白かろうと思って作ってきた紙面、イベントでの子どもの笑顔など、全てにつばをはかれてる気がして落ち込みます。

ひとつには自分の行い。周囲の人たちは新聞社の人を悪くは扱いません。「何か書かれるかも」「何か書いてくれるかも」しか見られていないなら、そこにいるだけで周囲に緊張と供託を強いているだけなのでしょうか。細かく考えるとそう思う節も多々あることが、今振り返ると落ち込みます。

振り返り、反省することは必要ですが、それはもう取り返せない時間。皆さん済みませんでした。ですが、新たな糧にしていくしかありません。

新聞はジャーナリズムな側面ももちろんですが、広報、物流、イベント、印刷など業種のデパートといわれる多様なサービスの集合体です。その新聞業界内でも、今のままの形態ではいけないと焦りが見られるのも事実です。マスコミブログはその全てに決着をつける議論であって欲しいと思います。
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by nekotekikaku | 2004-11-03 10:45 | @新聞屋
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