ミク中の処方箋
ミク中さんが流行ってるとの記事
「コメント欲しさに日記を書く」→「コメントが付いて嬉しくなる」→「コメントをくれた人の日記にもコメントを返す」→「自分の日記へのコメントが途絶えると、コメント欲しさに新たに日記を書く」──というサイクルが際限なく続くのが“mixi日記中毒”の正体と言える
この「コメント欲しさに日記を書く」というのは見返りを求める片思いの「恋」のようです。
かたやオープンソースやクリエイティブコモンズなど、2.0なミッションって割と与えるばかりの「愛」なのだと思います。
自分の技術で子どもの世代に少しでもいい世の中を残したいと思う親の愛。
世界を超えて繋がった先の人と文化への愛と尊敬。
「個を見つめるダイアローグ」なんかを読んで、そんな個人々々のささやかにして切なる思いがネットを支えているのではないか、と最近思う様になりました。個人がそれをネットで表現し、テクノロジーがそれを意味のある形にまとめ、それが巡り巡って社会を変えていく実感を感じる事が、本来的な一番の喜びなんじゃないでしょうか。

だからミク中の方を記事の様な形で切り捨てるのは乱暴ですが、もらうばかりを求めずに、とにかく外に与える事を考えてみるのがミク中脱却の処方箋なのでは、と思った次第です。恋と愛とは文字では隣り合わせなのに、隔たりは無限です。
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by nekotekikaku | 2006-07-22 01:55 | @日常屋
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