新しいは正しい?
新聞という立場上、新しいことを真っ先に取り上げることが信条ですが、それでいいのか考えてしまうこともある訳です。
昨年引っ越しをしてから、町内に1軒だけのパチンコ屋に通っています。そこには10ン年前浪人時代にはまっていた羽根モノ(羽根が開いて玉を拾い、真ん中に入ると大当たりとなるパチンコ)「スーパーキャノンDX」が半シマ置いてあります。今時珍しい1000円開放で台を開け、2000円前後の勝負を時間の許す限り楽しんでいました。大量出玉・一発逆転が一世を風靡している世間一般から見れば、新台入替すらしないこの店は寂れて時代に取り残された「終わった店」なのでしょう。情報として新しいものはここには何もありません。でも私のように昔を懐かしがりたい者、パチンコが本当に好きな人にとっては、これ以上ない輝いた店になるのです。ITだ何だととかく目先の利益にとらわれがちですが、こんなじわっとしたニーズを的確に取り上げられなければ、媒体は大量消費・一発屋の口車に乗せられるだけの存在に終わってしまうのではないか、そんな危惧感を抱いてしまいました。
この話にはオチがついていて、昨日久しぶりにそのパチンコ屋に行ってみると、なんと新台入替をして大好きなスーパーキャノンがなくなっていたのです。私がちまちま遊んでいたのを計算すると結構もうけていたはずですから、こいつは儲かるはず!だったらもっと儲けなくっちゃ!じゃあ新台入替!なんて店長が考えたのでしょう。結局私1人の感傷は消費社会の波に飲み込まれてしまった訳です。うらぶれたパチンコ屋を探しにまた旅に出ます。
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by nekotekikaku | 2004-10-12 14:18 | @新聞屋
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