ニュースの天才:埼玉新聞虚偽報道
b0020765_821032.jpgあざらしサラダさんの世間ではそれを「捏造」というをみてかなり笑ったのですが、考えてみると笑い事ではないなと思いエントリ。

問題の記事は共同:編集局長を更迭 誤報で埼玉新聞社
朝日:雨で中止の体育祭を「開催」と虚偽報道 埼玉新聞社
毎日:<虚偽報道>雨で中止の町民体育祭…昨年の写真使い
読売:と「誤報」ですませている共同以外は「捏造」「虚偽報道」と明らかな非を報じています。そこに明らかな意図が入ると入らないとでは意味合いが大きく違います。断じて「ニュースの天才」を許してはなりません。

わたしも校閲を4年間やっていましたが、毎年行われる催事物は「日時、内容を昨年の紙面と照合、確認」を命じられていました。それは記者の中に昨年の記事の焼き直しをノーチェックで載せる事がないように、との配慮があったためと思われます。

特に地方紙は現場に記者が居て、その記者が直に市民の話を聞き、それを地域に還元する事こそが使命です。それを怠る事は自らの存在をも否定する事になります。彰の介さんのおっしゃるとおり、確かに新聞として絵面的に、話題的に欲しい記事はあるんです。しかしそれがルーチンになった時に、このような悲劇が起こるのでしょう。益々メディア間の生存競争が激しくなる中、ローカルメディアは地域生活者の信任なくして事業継続は不可能。記者は日々紙面を「埋める」ことに精一杯なのは知っていますが、その言い訳は地域生活者には通じません。同業者として今回の件を今一度本分を顧みる教訓としたいものです。生活者の視点、保ってますか。

追記:ヒロさんのところで各紙の比較が載っていましたので、リンクを転載させてもらいました。
デザインの分野でも、この手の話は多いですね。最近の例で言えば文化庁のHPでMacのアイコンパクった事件なんかは見てて痛かったですね。なにせ著作権を統括推進している省庁での出来事ですから。きっとこれも「こんな感じで」とカンプを作ってそのまま通ったんでしょう。

記事もデザインも全ての裏を取る事は事実上不可能です。技術的に写真の電子透かしや記事IDの再掲載チェック、果ては他社記事とのを導入してうっかりミスは防げても、そこに何らかの意志が働けば捏造は簡単に行われるでしょう。他のアングルカット、使っていないコメントなどは記者のノートパソコンにいくらでも眠ってるはずですし。最後は記者の良心を信じるしかありません。そしてその信頼の付託のために毎月読者は3000円を支払っているのです。記者の皆さんも大変でしょうが、地方紙ってそういうメディアですので頑張って下さい。
そして「埋める」作業を強要する編集の体質改善も必要でしょう。硬直化した紙面構成は「きょうは雨だから地方面が埋まらない!」というプレッシャーを記者に与えます。そんなときには面を減らせばいいのであって、話題の重要度に応じて柔軟な紙面構成を考えたいものです。
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by nekotekikaku | 2005-11-05 15:39 | @新聞屋
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