福知山線事故:被害者を守れ
できる!CSSさんからTBをいただきました。先日のエントリ福知山線事故:本当に必要な情報はで書いた「風評に惑わされず冷静に行動されて下さい。」が気になられたようです。
そういえばJRの事故に関して、私の記事へトラックバック(注:猫手企画)したものの中に「原因はいろいろ言われていますが、数日後には事故調査委員会から報告が出ると思われますので、風評に惑わされず冷静に行動されて下さい。」ってブログがあったな。どういう意味だ?私に風評記事を書くなといっているのか?この風評の風上がテレビに限定されているのか、ブログや2ちゃんねるも含んでるのかよくわからんが、私に推測でものを書くなといってるなら筋違いもはなはだしい。こんな大事故を前にして、いろいろ推測記事をブロガーが書かないで、じゃあトラックバックとかコメント欄とかソーシャルブックマークとかは、いったい何のためにあるというのだ。

私が事故直後と翌日に書いたエントリーの内容が、正しいかどうかははっきりいって書いた時から自信はない、俗に言う風評かもしれん。私は鉄道関係者でも、鉄ヲタでもない、ただのJR宝塚線利用者だ。しかし、少しでもその件に関して知っている、あるいは知ったかぶっている記事が表に出てくることによって、逆にそりゃウソだよ、正しくはこうだよって情報が出てくる可能性も大きくなるわけだ。無知は犯罪~尼崎事故を見て思ったこととか、すげー勉強になった。

黙って毒にも薬にもならない記事書いたって、事故は忘れ去られるだけだ。ましてポエム書いてひとり感傷に浸るなんて論外だ。書くことだ。書くことによって、物事は前に進む。間違いとか、違う意見があるなら、コメントやトラックバックで指摘しあえばいい、それが「ブログ」であるはずだ。
おっしゃるとおりです。私も書くなとは言っていません。そのエントリの下の方に「緊急時コメントステーション」が出来ないか、なんて書きましたが、コレが実現できるのはブログツールあっての事。むしろできる!CSSさんは宝塚線利用者しか言えない意見を述べて欲しいですし、それが出来るのはメディアや専門家ではなく市民なのです。専門家はしたり顔で連日事故についての解説を行いますが、それは過去の事例を元にしたものであり、新しいタイプの事故解明に役に立つのはいつも接している方からのつぶやきです。「最近運転が荒い」など、ちょっとした糸口から導きだせるものがあるはずです。そんなものをまとめれば何よりの情報の宝庫になるのではないかと考えたエントリでした。方向性としてはそんなに違わないのではないでしょうか。

むしろ先の表現にした意図は、被害者の方、特に若い運転手の遺族への嫌がらせが必ず起こるだろうと踏んだからです。情報が少ない中、JR側から提示された情報は責任を置き石や運転手の資質に転嫁させる内容が多かった様に見受けられました。その保身も含めたJRの体質が問題ではないかと気づかされるまでに数日掛かっています。その間ずっと運転手の彼は、遺体も発見されないまま犯罪者扱いだった訳です。被害に遭われたの方々の怒り、悲しみは察して余り有りますが、一番必要なのは被害者と遺族の精神的ケアではないでしょうか。運転手の彼も被害者だったのですが、連日の取材や報道で社会的な制裁を受けてしまっています。マスコミも書き得とばかりに報じ、謝罪もありません。これだけの反響のあるニュースに名前が出てしまい、心ない第三者からの批判の電話や近所の冷たい目等がどれだけ遺族を苦しめているでしょうか。こんなの事件・事故におけるセカンドレイプですよ。最近の誘拐殺人事件でも、加害者は「有名になれる」なんて言っている中、被害者は傷つけられっぱなしな現実、それは断じて防がなくてはなりません。

当時世の中が頭に血が上った状態の中でこんな事を書けば、私自身がバッシングを受け、会社にも迷惑がかかってしまう、故にこのような表現になってしまったのです。ヘタレですが、私も個人レベルの発言しかできません。誤解を生む表現だった事は認めますが、意図を汲んでいただければ幸いです。

また、できる!CSSさんは同じエントリで
なんか日本のブログのコメントやトラックバック欄は、ものすごく「お互い気を使ってる」感じがしてしまう。
とも書かれている。確かに「TBありがとうございます。...」なコメントばかりですが、それも一つの文化ではないかと思われます。まだまだ面と向かって議論をする事を好まない日本人が、曲がりなりにもそのツールを手に入れたときのローカライズの仕方ではないかと。徐々に直接議論をぶつけ合っていく意識が高まっていくでしょうが、それまでの間は国民性としてしょうがないんではないでしょうか。ですがそれもアリかと思いましたので、このエントリはTBのみ送らせてもらいます。この方がシンプルで本来のブログの使い方に近いのでしょうね。

追記:Jack Amahnoさんからもあえて一言いただいています。あえて共通の前提部分から書かないと伝わらない事が多いということを、今回の事件のエントリで認識させられました。事故は一元的な要因で起こるものではなく、今まで偏在していた問題点が一瞬重なったときに起こるものです。その複数要因一つ一つに責任持った検証と自分の立ち位置からのコメントをつけていく作業は本来必要でしょうが、私個人の作業としては正直しんどいです。JR西日本の体質や勤務実態、競合他インフラとの戦い、運転手を含む乗組員の資質、早く安くを苛烈に要求する利用者、適切な運行への指導と法制化を怠った行政、細かなつぶやきを拾わずいざ事件となると過敏に報道するメディア、安全に対するコスト意識の薄い社会、その狭間ですり減る労働者。それらもろもろに個人でケリをつけられるほどの技量は私にはないので、ある一点から、もしくは全体的な話をさせていただいている訳です。この運転手の重大過失はあると思いますが、一方でそういう社会情勢や労働体系の被害者でもあると思ったのです。どれが重要かは見方により人それぞれでしょう。

この事件で浮かび上がってきた問題点をベースに、繰り返さないための対策などが検討されると思いますが、一元的ななくなるべく多方面への論議がなされる事を期待します。その際に必要なのは共通の前提条件としての情報共有です。最低限安全を担保するためにはこれだけのコストが掛かりますといったもの、これを提示したうえでどのようなサービスがいいか市民が選択すればいい。安くて早くて便利での裏には必ず譲れない損益分岐点があります。それを知らずに「もっと」を要求し続けた事がこの悲劇を生んだのではないでしょうか。多少リスキーでもいいからなるべく安い輸送機関がいいのか(ありえませんが)、応分のコストと時間を負担する代わりに安全を担保するのか、求めるサービスの形は人の数だけあるはずです。だからこそより多くの個人がざっくばらんに意見を出し合い、それを統計的に集約する必要があると思う訳です。
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by nekotekikaku | 2005-04-30 09:35 | @新聞屋
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