地方紙はデザインで変革できるか1
さて、いよいよ懸案のデザインのお話を。
遅筆ですので何回かに分けて書いて行くつもりです.すべては新聞社のデザイン現場からの個人的意見という事でご理解ください。

■ざっとしたデザインについて

デザインというと、とかく「見栄え」の事を言われます。そのとおりです。ですが同時に読者・参加者との接点でもあり、紙面設計の話を考えるという事でもあると考えています。うちのような小さな会社だと、PR全般にも口を出す部署でもあります。新聞においては整理と呼ばれる書体、色、レイアウト、記事の扱いなどの取捨選択にとどまらず、版面計画や工程管理、CIまで含むものと考えています。

リサーチをし、ターゲットを見定め、そこへ効果的なアプローチを仕掛け、結果を検証する、というプロセス自体をデザインというのなら、見栄えもデザイン計画の一要素、という事が出来るでしょう。その行動自体はマーケティングの手法と相変わらないのではないでしょうか。ちなみに日産自動車のデザイン本部は、ゴーン氏のネクタイの色までコーディネイトしているそうです.ひえ〜

■新聞という製品について

どこの新聞社もいろいろ考えています。いい印面を出したい、斬新なレイアウトにしたい、自由な広告スペースが欲しい、融通の効くページネーションを...。少しでも顧客(読者、広告主両方)に喜ばれるマーケットインの製品を考えるとき、必ずボトルネックになるものがあります。それは輪転機の存在です.

基本的に新聞というものはプロダクトアウトでやってきた媒体であると考えています。もっと言うと、グーテンベルグ以来何も変わらない「印刷」という行為自体がメディアとして成り立つ所以です。なんで新聞社が新聞社でいられるかと言えば、そこに輪転機があるからであり、いまだに業種が製造業に分類されている事が何よりの証拠。いくら上流工程が電子化しても、ジャーナリズムも経営もデザインも、良くも悪くも1機数十億円する輪転機と命運を共にしているのです。

毎朝大量の情報を同報するため安価かつ大量に印刷、チープで薄い新聞紙を使い、大きな版面で裁断していく。それが唯一の情報源として必要だった時代はそろそろ終焉に向かい、そのモデルを維持することでむしろ内容的な面で弊害が増えてはいないでしょうか.

数十年来変わらないレイアウト。締切への恐怖のため、「?」付きの見出しを取る.紙面余白の都合上、記者の本当は伝えたいニュアンス部分を切る.広告の入り具合で関連の薄い記事が上下に載る.一過性の広告掲載.このようなことって輪転機で印刷することを最終形とするための妥協とあきらめの産物とは言えないでしょうか.

■新聞社は輪転機を捨てられるか

うちの社長が入社当時から言っている言葉に「うちは新聞だけ出す会社ではない、新聞も出す会社だ」というのがあります。確かにITインフラの整備やデバイス技術の進歩によって、彼の言う様な時代がやってきました.ですが20年と言われる輪転機の寿命まであと10年足らず。経営的にはこの時期に更新してしまうと、都合30年後までは現在の形で新聞を発行し続けなくてはなりません。すなわち私は定年まで輪転機の呪縛から解き放たれる事はないのです。

だからこそ私はこう叫びたい
「でかい輪転機は捨ててしまえ!」

(つづく)
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by nekotekikaku | 2005-01-17 20:20 | @新聞屋
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