寒中見舞いと年賀状の極私的な眺め方
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みなさん遅くなりましたが、寒中お見舞い申し上げます。

旧年中はいろいろとお世話になりました。
今年もすでにご挨拶が遅れるなどご迷惑おかけしっぱなしと思いますが、自分の好きなことを忠実にやっていきたいと思いますので、お付き合いのほどお願い申し上げます。

さて、ことしも年賀状をたくさん頂きありがとうございます。
発行枚数も2年連続増だったようで、紅白視聴率の下げ止まりといい、不況と相まって今年はおうち重視の正月だったのかもしれませんね。そんな個人最大のメディアである年賀状ですが、作る手間に対して見るのは一瞬というところも既存メディアと変わらないところ。100枚以上の年賀状に目を通す中で気づいた私の年賀状の極私的な眺め方は...

1)手描き重視
申し訳ないのですが、印刷部分はざっくりとしか読んでません。なので誤字脱字気にしません。宛名を手描きで書かれている方もいらっしゃいますが、名前を間違われるよりは差し込み印刷の方がありがたいです。

2)話題重視
この子大きくなったねー、など家族と話題にできないものはスルーの方向で。一番話題が盛り上がるのは本人の変貌ぶりですので、子どもだけでなく家族写真は大歓迎です。

3)期限重視
正月気分が短くなりつつある昨今、年賀状にもタイムリーさが求められます。4日以降着の年賀状は寒中見舞いでいいのでは。

総じてその嬉しさというのは、1通の年賀状に自分に対してどれだけの労力を費やしてくれて、それが私の家族にどれだけの価値をもたらしてくれるか、という「想い×効果」です。それが宛名が手描きかどうかの「時間×効果」や、金箔張りかキャラクターものかなどの「費用×効果」などにならないところが面白いですね。

届くかどうかから伝わるかどうかへ。伝わるかどうかから喜ばせるかどうかへ。

ネットや機械で手順は極力省けても、想いを伝えるのだけは人間の仕事と感じた年初めでした。新聞もスペース×効果だけではない価値を提供できるか、できているなら評価可能かという部分では、年賀状とさして変わることはないと思いますがいかがでしょう。
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by nekotekikaku | 2009-01-12 20:54 | このblogについて
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